プレイスタイル・PTについての考え by ゲス




モンハンのゲームはモンスターを狩ること!素材を集めること!アクションゲームです。

基本はソロプレイが前提のゲームであると思う。

オフラインがある限り。

少なくとも、村は村のできうる武器、防具でクリヤーすることが前提である!


オンラインに上がって、上位の武器や防具をつけてオフラインをクリヤーしていくというのは、どうだろう?それは目的が違うと思う。

まあいわゆる、大人が幼稚園児をなぐるようなもんだ!

そんな順序は筋が違う!そんな状態でクリヤーしても意味がないと思う。


なにが言いたいのか、弱い状態の武器、防具、できうるスキル、技術をもって、徐々に個人スキルを上げていくのが順序ってことよ。

上の敵が討伐出来ないとすれば、ならどうするか!考えることが大切。


タイムUPになるなら攻撃力が足りない、3落ちするなら防御力が足りない。

また、相対的に敵に攻撃を当ててない、攻撃をもらいすぎ、見失いすぎとか思い当たるなら、基本技術を磨くことに専念する、アイテム使用の効率を求めるとか、

モンスターに合わせた武器なり、弱点(ひるみなど)考慮にいれるとか、さまざまなことを考えて討伐していくのがこのゲームの醍醐味ではなかろうか。

そういった段階を経て、能率を求め、装備用素材を集めること、消費系素材を強い装備で素材集める。これは良いことだと思う。

反復練習の要領にもなりえることだ。

ただ最初から強い装備で集めるのに技術はいらない。


オンライン上位ともなればソロでまわるのはしんどいと思われるが、ただ、基本はソロで狩れる敵ばっかりである。

例えば、昔の4本ともなれば2匹殺さないとクリヤーできなかったが、今回は1匹討伐でもクリヤーできるとこをみれば、ソロ討伐が出来ることを前提にゲームは作られている。

で、ある限り上記にの通りの段階、考え方は最低限必要だと思われる。

個々の考え方で討伐して狩りきることがモンハンの醍醐味であると思われる。


ただ、ソロできないモンスターの素材がほしいっていうのは分不相応であり、単純にその人の今の状態では段階途中なのだから。

そのモンスターをソロで狩るだけの技術と防具、武器って段階を踏んでいないのだから。

分不相応であるものって認識を持って欲しい。



PTで狩ることは簡単です。

ソロでも狩れるのだから。

しかしながら、ソロできないからPTで・・・って考え方もあると思います。

自分じゃできないからって、楽するだけはどうかと・・・

楽をするっていうことが問題となります。


誤解をまねきやすいと思いますが、討伐努力をしているのか、いないのか?

1回やってだめだから、しょうがない?10回やってだめだからしょうがない?

小学校で九九(掛け算)を覚えるのに、1回?10回?できるまでやった?

たわいもないことですが、努力って人それぞれっていいますが、どうなの?って感じることが多いです。


PTで楽しくわいわいと、いえーいって楽しんだり、こんなことやってみてもいい?とか、PTならではの楽しさもあります。

その楽しさも十分しっています。

が、基本のことである努力がない状態で楽しさだけを求めても、そのしわ寄せはどこかにいっているのです。

個々の努力と、討伐に対する姿勢は大切だと思われる。

以上のことを前提にモンハンPTとは、個々の技術の集合体。

能率を求めて狩りをすることが基本PTだと思われる。

能率を求めないのだったらPTせずにソロでもいいでしょ。


ソロだと40分〜50分だったけど4人でいったら15分で終わるよ・・・とか。

アイテム消費量が少ないよ・・・ソロでいく半分も使わないよとか。

ソロをやってみるとPTのありがたさは、すばらしい!!って言いたくなる。


PTならではの能率のよさの追求、時間短縮、アイテム温存等ソロスタイルでは能率が悪いであるとかその辺を追求していくのがPTプレイの面白さだと感じます。

まあ、基本は楽して時間短縮がPTだと思われる。



しかしながら、オンラインゲームという特性があるために、良いこと、悪いこともでます。

個人個人のプレイ時間が違う為、武器や防具、消費アイテム等の開きが出る状態が出てきます。

そんな状態で上位装備者と発展途中装備者が同等な立ち回りはできません。

そのような状態でもモンスターを狩りにいくPTは組めます。


上位装備者は発展途中装備者のサポートも大いに貢献できるでしょう。

発展途中装備者からすればこんなにも上位装備は堅い、強いのか!と思うでしょう。

発展途中装備者状態でのソロから考えるとなんて楽なんだと思うでしょう。

大人数PTともなればなおさらです。


しかしながら、そんなときの上位装備者は気をつけなければならないのでは?


例えば、大人が子供の宿題をして子供の頭がよくなるのか?

例えば、子供が玩具が欲しいと泣き叫べば、やかましいから買うのか?

例えば、小学生が人生を語るのを正しいと思うのか?

例えば、子供が無邪気に蟻を踏み潰しているのを子供だからと見過ごすのか。

例えば、子供が目上の人に対する礼儀がなってなくても、しらんぷり?

そんな子供のまま大きくなっていいのですか?


逆に発展途中装備者も気をつけなけなければならないのでは?


例えば、先輩が金だすのが当たり前だろう。おごってください。

例えば、先輩が多いから自分ぐらいさぼってもわからんよ・・・わからんよ。

例えば、パパにあまえたらなんでもしてくれるし・・・かってくれるし。

例えば、子供なんじゃけー、しらんよー、教えてーや!なんでなんで?

例えば、あとでやるからいいじゃん、とりあえずあなたやって・・・。

そんな考え方でいいのですか?



そしてオンラインゲームの特性の一つでもあるチャット機能。

チャット機能は文字の伝達です。

しかしながらチャット文字は人の表情、感情など伝わりにくいものが多いです。


例えば、4人PTで、「なんやそれ!」 

これだけの文字を打ったとします。

シチュエーションとして、レイヤのサマーをくらって死んだ片手剣の発言です。

同時にサマーを食らった双剣の人もいたとします。しかし死んでいません。

正面にランスの人、レイヤの横にハンマーの人って感じだったとしましょう。


片手:「なんやそれ!」

双剣:「あぶな」

ランス:「どんまい」

双剣:「ピヨピヨ天使が見えるよw」

片手:「ばかじゃないんか!」

ハンマー:「どんまい」

片手:「もー」

片手:「どんまいじゃない!」

と、いろいろあって、そのクエが終わって、街にもどって着て

片手:「落ちます」「では」

ってあったとします。


ありそうな感じだと思いますが、捉えらえ方はいろいろです。

そして、片手の人が急用でおちなければならない状態にあったとします。

片手の人がこの文字の一連を打つのに笑っていたら?

片手の人がここで手だしたら、食らうのわかっとったのに!やってしまった!って自分のふがいなさを嘆いていたら?

片手の人が他人の武器で飛ばされガードできたのに出来なくて怒っていたら?

片手の人が他人が閃光玉をうってくれると思い、手をだしたあげくの結果なら?

怒っているのか、わらっているのか、なげいているのか、冗談か?

他の人も自分の状況で、自分に怒ってんのかな〜?とか

それぞれ捕らえ方もあります。


落ちるときの言葉もそれぞれです。

いきなり電源が切れたり、回線落ち、おかん乱入、鬼嫁乱入、猫乱入、お客がきたとか、電話であったりとかね。


文字だと言葉、補足が少ない場合も多いにあります。

誤解や、意見の食い違い、捕らえ方の違い、思い違い、勘違い、

そういったことも踏まえてみんな気をつけなければなりません。

チャット文字にかんして言えばそんな注意点があげられます。



オンラインゲーム、PTという以上1名ではありません。

人と人が組んでいるかぎり感情というものもあります。

そしてこういったことが積み重なっていろんな感情も生まれてきます。

楽しくゲームしたいのに・・・

おもしろいゲームなのに・・・


面白いだけに熱くなる・・・喜怒哀楽も極端です。

熱くなるがゆえの言葉も・・・




思いやりと、心の鍛錬と、相手のことを理解しようとする気持ち。

これがPTをやっていくには大事だと思います。


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